回り続けて、野田。
ということで、環状線各駅を一つずつ、何か書いていくという、誰も面白くも無いことを、しかも、一銭も貰わずに今日から始めることにする。
初めに書くのは、野田。
なぜ最初に野田なのかそれは僕にも分からない。
でも、「この思い出を書きたいな」と何となく思ったことがあるので、それを書くことにする。
何の仕事だったか忘れてしまったが、とっぱらい(その日払い)の演奏があった晩である。
家に機材を降ろしても、まだ宵の口であったため、僕は封筒を握りしめて、谷町六丁目にある、行きつけのバーに向かった。ビールと赤ワインを数杯ずつ。いつもの組み合わせ。
僕も店主も、前後不覚になるまで飲み倒し、冷気を自転車で千切りながら走った。微かにオリオン座が見えていたような。冬だった。
谷町九丁目に、朝までやっている、うどん屋がある。名前は「ふる里」。黄色い提灯に「饂飩」と書かれていて、そのまま時代劇のセットに持っていっても違和感のないような趣がある店である。
「ふる里」に飛び込む。熱燗は無い。瓶ビールに、あんかけうどんと寿司を四貫頼む。ビールを飲み干して、暖簾をくぐって店を出る。
会計を済ませたら、封筒の中身は空。すっからかんのすかんぴんである。どこかの道端の植え込みに自転車ごと突っ込んで、食べたもの飲んだもの、本日の記憶の全てを吐き出す。
何も残っちゃいない。心許ない自己証明は、ただただ、白い吐息ばかり。身震いをひとつして、家路への帰路を辿る為、またペダルを漕ぎ出す。
僕は、誰と何をして、この先どこへ向かっているのか。
そもそも、野田で演奏なんてしていたのだろうか。
いや、していない。
僕は、野田に降り立ったことなど無い。